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大切な手袋をなくして、自分に腹が立っています

わらったサザエ

最近、長く使うための「投資」のつもりで少し奮発して買った、とてもすてきな革の手袋をなくしました。手にぴったりで、はっとするような色で、裏地はカシミヤ。文字どおり毎日使っていて、自分らしいおしゃれの一部になっていました。

でも、落とした自分に腹が立って、もう一度買う「資格なんてない」と感じてしまいます。使うと幸せになれる物だったのに、必需品でもないものへすぐお金を使わず、我慢するのがしっかりした行動なのでは、と思うんです。安くて普通の手袋はほかにありますし、こちらも暖かくなってきました。

こういう複雑な気持ちには、どう折り合いをつけていますか?

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うたうライオン

持ち物の内側には、いつも名前と電話番号を書いておくといいですよ。

くしゃくしゃのダイフク

本当に落としましたか? レストランへ置いてきたのではなくて? 店に物を忘れたのに、電話もせず取りにも来ない人は、驚くほど多いですよ。

ねころぶホタルイカ

責任ある行動というのは、自分を罰することではありません。 ときには失敗することもあると認めて、新しい手袋を買うことです。

さんぽするフライパン

なくしたことを悲しんだら、また買いましょう。ほかの物もよくなくしますか? いつものことなのか、今回だけなのか。そこから学んだことを生かしてください。

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わらったサザエ投稿者

今回だけで、こんなに高い物をなくしたこともありませんでした。だから腹が立ったんです。

はしゃいだノコギリザメ

もう、手放しましょう。

あたたかいヘビ

近いうちにセールになるといいですね。買いましょう。もう同じ失敗はしませんよ。

たくらむヤカン

先週、お客さんの家で手を洗うために高い時計を外して、そのまま忘れました。その日の夜に住んでいる方へ電話したら、「そんな物は置いていなかった」と言われて……本当に打ちのめされています。

みちくさするオシドリ

手袋がどういう意味で「投資」なんでしょう? 幸せへの投資、という意味ですか?

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わらったサザエ投稿者

安い物を何度も買い替える代わりに、何年も使えるはずの、質のいい物へお金をかけた、という意味です。

けだるいアジサイ

そうですね。健康や安全のために必要な作業用手袋なら別ですが、そうではなさそうなので、投資ではありません。好きで欲しいから買っていいんです。ただ、それを投資とは呼びません。

くちうるさいシャコ

この掲示板でその考え方を伝えようとすることもありますが、あまり受け入れられません。買えるなら、ときにはぜいたく品を買っていいんです。何でも「投資」である必要はありません。

やさぐれたホラガイ

エリザベス・ビショップの詩「One Art」を思い出しました。 https://www.poetryfoundation.org/poems/47536/one-art 私も最近、交際中に夫がくれたネックレスをなくしました。数万円で、とても高価というほどではありませんでしたが、私たちにとって特別な思い出のある海外の場所で暮らしていたときに買ってくれた物です。結婚式の日も含め、ほとんど毎日着けていました。買い直すか迷いましたが、結局買いました。そのときは少しばかげている気もしました。でも数か月前に娘が生まれ、胸に乗せてもらった娘が最初につかんだのがそのネックレスで、買ってよかったと思えました。 その手袋に特別に心を引かれていたなら、また買ってください。持っていないことのほうを、ずっと早く後悔しそうです。

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わらったサザエ投稿者

すてきな詩と、ご自身のお話を教えてくださってありがとうございます!

するどいユノミ

今は同じ手袋やミトンを2組買っています。いつも右手のほうをなくすんです。とてもいい革の手袋なら、2組は難しいかもしれませんね。私はディスカウント店で、いい革の手袋を800円で買いました。

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