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子どもの頃は「将来有望」と言われていました。期待に応えられないままだと、どうなりますか?

あまのじゃくなハチドリ

子どもの頃、周囲からはよく「可能性がある」「将来、大きなことができる」と言われていました。でも大人になった今、正直、その可能性をほとんど生かせていない気がします。大きな原因は怖さです。失敗すること、リスクを取ること、人前に出て挑戦すること、次の一歩を踏み出すことが怖いんです。振り返ると、前に進めたはずなのに、安全なほうを選んだ場面が何度もありました。

子どもの頃は才能がある、将来有望だと言われていたのに、今は取り残されたように感じている方は、どんな人生を送っていますか。今は何をしていますか。もっと挑戦しなかったことを後悔していますか。周囲の接し方が変わったり、「才能を無駄にした」と感じさせられたりしますか。そして、今からでも立て直せると思っていますか。

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おかしなコタツ

何についての可能性なんでしょうか。そう言う人たちは、何を大切にしているんですかね。私もそう言われましたが、「何をしてほしかったの? お金を稼ぐこと?」と思います。私はそこまでお金に関心がないですし、稼ぐ方法には、うんざりするもの、退屈なもの、道徳的にどうなのかと思うものも多いです。発明でもしてほしかったのでしょうか。発明の多くは、それを必要とする人の手に届かないので、私が何か発明したところで世界が変わるわけでもありません。ピュリツァー賞を取ることですか。できたらうれしいですが、めったにないことですよね。可能性がある人全員に行き渡るほど、賞はありません。 私が大切にしているのは学ぶことです。自分の可能性を使って、たくさん学んでいます。その知識もまた「可能性」にすぎないと言われるかもしれませんが、人生を形作るのは成果物ではなく、経験だと思っています。自分の価値観に沿って生きればいいんです。

えらそうなゴマ

単に、脳の働き方が多数派とは違うだけですよ。

いいかげんなアザラシ

「失敗すること、リスクを取ること、人前に出て次の一歩を踏み出すことが怖い。前に進めた場面でも、安全なほうを選んだ」という部分ですが、仕事でよく見かけます。 私はITの仕事をしています。40代になっても、15年前と同じ中堅ポジションにいる人たちがいました。当時20代半ばだった私が、その人たちの倍の給料をもらっていると知ると、腹を立てていました。でも、私もその人たちの味方でした。能力はありましたし、もっとよい待遇を受けて当然だと思っていました。 何年か後、私は前の職場の倍の給料が出る会社へ転職しました。そこで声をかけて面接の機会まで作ったのに、断られたんです。言葉どおり、「そんなリスクを取るのは怖い」と言われました。いや、年収500万円くらいから1,200万円くらいへ、しかもずっと上の役職へ移れる話だったんですよ。 それから何年もたって、「あの仕事を断って後悔している。今、空きはある?」と連絡が来るんです。 IT以外の仕事をしている友人にも、似た人がいます。15年以上同じ会社、同じ役割で、職場環境は悪く、給料も低いのに、辞めるのが怖い。会社への義理がどうとか、転職先でうまくいかなかったらどうとか言うんです。でも、いざ少し挑戦してみると、そのたびに生活が大きくよくなっています。 そのリスクは取らないといけないですよ。安全な場所に居座っていては、前に進めません。

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うつむくクシ

長く勤めていることで動けなくなるのは、よくあることです。会社は明日にでも自分を切るかもしれないのに、慣れ親しんでいることを安定と取り違えてしまうんですよね。

つやつやのウミガメ

長く勤めているからこそ抜け出せなくなることは、本当にありますね。勤続年数が自分を守ってくれるように感じ始めると、特にそうです。

わがままなサクラ

相談者さん、現実的な話をすると、リスクを取れば、たいてい何らかの代償があります。健康だったり、お金だったりします。ストレスは気づかないうちに体をむしばみますからね。他人と人生を比べるとき、そこを考えない人は多いです。しかも、こちらが見ているのは、相手がきれいに整えて見せている部分だけです。その成功のためにどんな代償を払っているか知ったら、まったくうらやましくなくなるかもしれませんよ(笑)。

よそみするピザ

どんな人生でも、今ある人生を楽しめばいいんです。