本文へ移動

娘が「人に合わせすぎ」と、悪い意味で言われたようです

ふまじめなノート

人に合わせすぎるのは、よくないことでしょうか?

ラクロスの練習で、9歳の娘が12歳の女の子2人と組むことになりました。

私はいつもどおり脇で見ていて、口を出したり割って入ったりせず、やり取りを聞いていました。

年上の2人はよく話したり冗談を言ったりしていたので、友達同士なのだと思います。パスの練習をしていたのですが、娘が投げた球を1人がうまく取れず、何度も走って追いかけていました。

娘のパス自体はちゃんとしていました。でも球が転がっていくたび、もう1人が娘に「友達を走らせるのやめて。そうしないと、遠くに投げて今度はそっちを走らせるから」と言ったんです。

娘は肩をすくめて「走るのは平気だよ」と答えました。するとその子はわざと高く遠くへ投げ始めて、娘は何度も走って拾いに行くことになりました。

そのあと年上の子が「ほんと、人に合わせすぎだよね」と言いました。娘が反応しないので、その言葉の意味が分かるのか聞いたんです。日本へ来て2年で、娘はかなり速いペースで日本語を覚えていますが、慣用的な言い回しなどはまだ勉強中です。娘が分からないと答えると、その子はいらいらして友達に「年下でよかったね。そうじゃなかったら、分からせてやるのに」と言いました。

娘は「でも、走るのも投げるのも好きだから。それが人に合わせすぎってことなら、別にいいよ」と答えました。

娘の対応はよかったと思う一方、女の子同士のいらいらの表し方って、また独特なんだなとも感じました。

何でこれを書いたのか自分でもよく分かりませんが、書いてみたら、やっぱり娘はとてもうまく対応したと思えてきました。

前のページへ
かたいクツシタ

「ACA(アダルト・チルドレン・アノニマス)」を調べてみてください。12のステップを使う自助グループで、参加者の一部に見られる特徴の一つが、人を喜ばせようとしすぎることです。「人に合わせすぎる」は、「いいように扱われる人」と同じように、よくない意味です。お話のとおりなら、今回は使い方を間違っています。12歳の子がその言葉を知っていること自体、その子の家庭環境について何かを物語っている気がします。いい面を見るなら、コーチは娘さんが12歳の子にもついていけると思っているんですよね。ちなみに、親御さんがうまく対応したと思うなら、うまく対応できたんです。子育てを卒業した親からの意見です。

そそっかしいタカ

これが続けば、その子たちやほかの子が娘さんをいじめる可能性もあります。相手からすると、遠くまで走れと言ったら、そのとおりにしたわけです。次は新しいルールだと言ってもっと遠くまで走らせ、人に合わせすぎだと笑うこともできてしまいます。今後からかわれたらどう自分を守るか、話してみたほうがいいと思います。 私は親ではありませんが、引っ越しが多く、学校で何度も新入りになりました。最初は友達を作りたいから、出会った人に気に入ってもらいたくなるんですよね。新しい子を見ると、ちょっかいを出して反応を見るのが楽しい、という子もいるんです。

ねぼすけのボウシ

まあ、よくない場合は確かにありますね。

くたくたのウズラ

12歳の子たちが、ただ意地悪をしていたんですね。落ち着いて、相手の悪意に振り回されなかった娘さんは立派です。ただ、コーチには伝えたほうがいいと思います。いじめにつながる振る舞いですし、チームスポーツで許されることではありません。

きらくなダチョウ

「人に合わせすぎる」には、自分の幸せや心身の調子を犠牲にして、他人を喜ばせるという意味合いが強いです。例えば、本当は別の店へ行きたいのに、提案したら友達を傷つけるかもしれないと怖くなって、あまり好きでもない友達の希望する店に毎回付き合う、という感じです。 年上の子たちは、ただ面倒な12歳だったんです。娘さんの対応はちゃんとしていましたよ。