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仕事の小さなトラブルを、命に関わる緊急事態のように扱うのをやめた瞬間は?

まけずぎらいなカエル

一般的な会社勤めで特に疲れるのが、「何でも緊急扱い」する空気です。ちょっとしたメールも、Slackの返事が遅れたことも、数字が少し下がったことも、まるで建物が燃えているような騒ぎになります。

その中にいると、不安は本当に切実です。でも、そこから離れたり、しんどい職場を抜け出したりすると、週次報告のために眠れなくなっていたなんて、何だったんだろうと思います。

こういう考え方から抜け出せた方は、何がきっかけでしたか? 周りを見て「ここは命を救う現場じゃないし、17時になったら帰ろう」と思えたのは、どんな瞬間でしたか?

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ごろごろするハリモグラ

以前は命を救う仕事をしていたからです。集中治療室で12年働いてから会社勤めに移ったら、プリンターが動かないとか、PDFの日付が違うとかで泣いている人がいました。 誰か死にそうなんですか? 誰も? ならよかったです。さっさと直しましょう。 物事の見方が変わります。

さわがしいミミズ

前の職場も同じでした。Slackの返事を一つ見落としただけで、給料が出なくなるかのような騒ぎでした。辞めたあと、あの「緊急」の報告書のことを誰も覚えてすらいなかったと分かって、目が覚めました。

うさんくさいキャベツ

今の上司も以前の上司も、それは分かっています。金曜の14時に突然、上層部が月曜までに集計した数字を「どうしても欲しい」と言い出すんです。週末に働いて出したら、「ああ、ありがとう。ほかの人の数字がそろわなかったし、結局いらないみたいだけど」と返ってきます。 どの上司にも、経験を積めば本当の緊急事態と気分だけの緊急事態を見分けられるようになるし、上の人に怒鳴られても受け流すべき場面が分かると言われました。私はまだ身についていません。

うっかりしたイタチ

チャットやメールで済むものは、無視していても何とかなります。本当に重要なら、本人が来て説明します。 命や財産に差し迫った危険があるときが、緊急事態です。

おだやかなアホウドリ

一度解雇されて、こんなことは結局どうでもいいんだと気づきました。一つの芝居で、自分の役を演じているだけです。突き詰めれば、誰がそこまで気にしているんでしょう。仕事も会社も、ほかにあります。

みちくさするシタジキ

以前は医療の仕事で、本当に生死に関わっていました。そこから事務職へ移ったときは、すごく変な感じでした。最初の「緊急事態」があまりにくだらなくて、冗談だと思って思わず笑ってしまいました。今は笑顔で、本人たちに考えてもらっています。事実を示しつつ、感情には寄り添うようにしています。