健康上の理由で、53歳で早期リタイアすることになりました
20年前、進行性の持病と診断され、年を重ねてから働き続けるのは難しくなるだろうと思いました。そこで妻と話し合い、できる限り情報を集めることにしました。あとになってFIREと呼ばれる考え方だと知りました。当時はそんな名前があるとも知りませんでした。
私たちは遺産を受け継いだわけでもなく、ごく普通の家庭からのスタートでした。妻は小児科の看護師で、私は研究職を経てソフトウェア業界に移りました。若い頃の給料はかなり低かったので、ずっとお金の使い方には気をつけてきました。
子どもの頃、父から「収入を3分の1ずつ分ける」方法を教わりました。3分の1は楽しみに、3分の1は生活費に、残りの3分の1は貯蓄や投資に回します。母に「もっと貯めなさい」と言われると、父は「楽しまなかったら、何のために生きているんだ」とよく返していました。調子のいいときも大変なときも、この考え方を続けてきました。苦しい時期は楽しみに使う分を減らし、生活費と投資を優先しました。息子には「半分と3分の1」と教えています。
20代前半の頃、友人たちが新車を買ったり、初めての昇給を祝ったりする中、私たちは家を買うための貯金をしていました(今の方が大変だと思います。これは35年前の話です)。妻を職場に送ってから自分も出勤し、夜勤明けの妻を迎えに行って、また仕事へ戻る。そんな生活をしながら、古い車一台を何年も使い続けていました。
若い頃の10年間は、自分たちで選んで週100時間以上働き、残業もできるだけ引き受けていました。前の社長がよく言っていた「週40時間働くだけでは金持ちになれない」という考えもありました。
お祝いの投稿をしたのは、私たちなりに努力を重ねてきたからです。職場では、誰もやりたがらないような仕事も自分から引き受けていました。やがて上の人たちに気づいてもらい、少しずつ道が開けました。人前でお客さんに説明する力も、社内向けの文章を書く力も、努力して身につけました。IT業界の動きを追い、周りの同僚より一歩先にいられるよう、夜や週末も勉強していました。とにかく努力と根気で続けてきました。
そして、大きなチャンスも巡ってくるようになりました。「努力するほど運も向いてくる」と言われますが、その一つが、勤め先の会社に出資できる機会をもらえたことです。15年ほど前に始まり、これまで3社で出資してきました。最初は少額から始め、実績を積んでから、もっと大きな額を出資できないか相談できるようになりました。
今は健康上の問題で仕事を続けるのがとてもつらくなっています。若い頃はこんなことになるとは思っていませんでしたが、FIREしていたおかげで仕事を辞める選択肢があります。投稿した時点では、今年53歳で退職する予定でした。今回伝えたいのは、選択肢を持てるということです。
純資産は10億円台で、負債はゼロ。投資資産は10億円弱で、株式や配当株、国債、海外債券などに分散しています。その間に息子を育て、小さな車を買ってあげたり、住まいを買うための資金を貸したりもできました。
FIRE界隈で動画やブログを発信したり、こういう場を作ったりしてくださった皆さん、ありがとうございます。
これから始める方は、自分なりの理由を大切にしてほしいです。私自身、当時は意欲もありました。若いうちに始めていなかったら、20代の頃には想像もしなかった健康上の変化に直面した今、こうして選択肢を持つことはできなかったでしょう。自分の経済的な自立に向き合う人は、思ったより少ないんだなと驚きます。皆さんからたくさん刺激をもらっています!