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手軽に学べる趣味だと、どうして「大したことない」と扱われるのでしょうか

へんてこなモモ

さっき叔母と話しました。叔母の娘2人、つまり私のいとこたちに、かぎ針編みのハンドバッグを作っていたんです。

叔母にどこで覚えたのかと聞かれ、YouTubeと答えたら、急に態度が変わりました。「へえ、誰でも何でもできるものね」と。

どうやって覚えたのか、理解するまでどれだけ時間がかかったか、どれだけ練習したか。うれしくて、いろいろ話したかったんです。

でも「別に特別じゃない。誰でもできること」で片づけられました。

その返事に、言葉が出ませんでした。どういう意味なんでしょうか?!

バッグはかわいくできて、いとこたちはお出かけにも持っていってくれました。

叔母は、私が6時間で普通の大きさのバッグを2つ仕上げるところを座って見ていたのに、よくあんなばかなことを言えたものです。それだけではありません。ワンピースやカーディガンが欲しくなったら、いつでも私に作らせればいい、とまで言ったんです。

「作らせる」ですよ。お金は払わないし、毛糸も買わない。かかる時間も努力も、何とも思っていないんです。

編み終わったあとは手が痛かったですが、いとこたちの服に合っていてかわいかったので、それは気になりませんでした。

カリグラフィーやプログラミングをどこで覚えたかなんて、叔母には言いたくありませんね。

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のそのそしたアライグマ

「誰でもできる」なら、これからは自分の物は全部自分で編めばいいですね。

おもいスモモ

それに、YouTubeにあるからといって、誰でも覚えられるわけではないですよね(笑)。私はかぎ針編みでかなり苦労しました。手がうまく動いてくれません。棒針編みに慣れているので、針1本だと糸の張り加減がつかめないんです。

くちうるさいオクラ

嫉妬していて、自分に自信がないように聞こえます。「作らせる」なんて言うのは、自己愛の強いところもありそうですね。あなたをけなして楽しみを奪い、自分の気分をよくしようとしているように思えます。もっと優しい人たちと趣味を分かち合えるといいですね。💕

ふわふわのゴリラ

動画を見たり本を読んだりして、自分でやり方を理解できる人もいます。先生に教わらずに技術を身につけられたり、ほかの人が何年も断続的に練習することに短期間集中して、ある程度できるようになったりするんです。そういう人には、あなたが努力していることが分からないのでしょう。 私は家庭菜園で育てた物を料理や発酵食品作りにも使っています。手のかからない観葉植物すら数週間で枯らす人から、「土に植えたら育つだけでしょ。技術なんかいらない」と何度言われたことか。近所の人にトマトを約4.5キロも取られ、「買ったわけじゃないんだから」と言われたこともあります。きちんと育てるには多少お金がかかります。私の大事な時間もですし、家族の夕食に使う予定だったんですけどね。 努力を軽く扱われて残念でしたね。でも、叔母さん自身の劣等感から出た言葉なのだと思います。あなたはそのまま続けてください。いとこたちも、きっとバッグが大好きになったと思います!

うつむくミミズク

いとこたちが喜んでくれてよかったですね。私は8〜9歳でかぎ針編みを始めましたが、大嫌いでした! 本当に大嫌いでした! 今ではまっすぐ一列に編むことすらできないと思います。すごいですね。

わくわくするアザラシ

悲しいですが、今は手作りの物の価値を認めない人が多いですね。私も衣装やアクセサリーを作っていたころ、同じ思いをしました。特につらかったのは、姉妹に作ったブレスレットを、サイズが合わないと文句を言いながら投げ返されたことです。それを最後に、その人には一切贈り物をしていません。しかも何年もあとになって、どうして作り直してくれなかったのかと聞いてきたんです。たっぷり言い返しました! しばらく販売もしていましたが、アートイベントでもフリーマーケット並みの値段を求める人が多いと気づきました。本当に失礼なことを言われました。決定打はベリーダンスのイベントです。若いダンサーたちが、私のヘッドバンドの値段に文句を言いました。激しく踊っても使えて、剣や杖、花瓶などを頭に載せてバランスを取るのを助ける物です。私も若いころ衣装を買うお金がなく、自分で作るしかなかったので、作り方の講習を開こうかと提案しました。すると「そんなの手間がかかりすぎる」と。「だから、この値段になるんです」と返しました。作品を片づけて、それを最後に販売をやめました。 アートや手作りの物が大事にされないのは悲しいですね。私は子どものころ、そういう贈り物を宝物にしていました。今も地方のイベントや手作り市で買うのが好きです。今使っているバッグも手作りで、猫の柄がいっぱいです。何年も前に地方のイベントで買いましたが、今でも一番のお気に入りです。 別の話ですが、夫とはグラフィックデザインの仕事もしています。長年、家族だから無料でやってもらえると思っている親族に困らされてきました。夫の両親はきちんと払ってくれますが、きょうだいたちは無料で当然という態度でした。まったく払わなかった人が、また頼みに来たこともあります。前の請求分と延滞料金を払ってもらい、それ以来は前払いにしています。仕事ですから。特にそのデザインでお金を稼ぐつもりなら、私たちの仕事にも報酬を払うべきです。分かってもらうまで時間がかかりました。 叔母さんが何か作ってほしいと言ってきたら、どれだけの手間がかかるか伝えてください。手付金をもらい、自分が妥当だと思う金額を請求しましょう。家族割引をしてもいいです。うちはそうしています。親族に「作らせる」と言われたら、私も腹が立ちます。失礼すぎますよね! 次は「分かりました。ではこちらも、制作費として○○円を必ず払ってもらいます!」と言ってあげましょう。

いきがるレンコン

かぎ針編みの解説動画を送って、「ご自分のカーディガンは、このやり方で作れますよ」と伝えますね。

まどろむツクシ

『ファイト・クラブ』の最初のルールは、「ファイト・クラブのことを口にするな」です。

なまけもののウグイス

そういう人もいる、としか言えませんね。本当ならバッグを見て感心して、手間をかけたことに感謝するべきです。 私もいとこたちに対して、そう感じます。ピアノを何千時間も練習していますが、一度も弾いてほしいと言われたことがありません。ある日、座ってもらって、1曲弾くからと伝えました。そうしたら演奏中も、いとこ同士でずっとおしゃべりです。たった2分、興味があるふりをしたり、耳を傾けたりすることすらできないんですよ。いい年の大人なのに、まったく!

たそがれるダイズ

実際に何かを学び、やり通す行動力や根気のある人を見ると、引け目を感じる人がいるんです。その努力を大したことではないと片づければ、また対等な気分になれます。叔母さんがあんなことを言ったのも、自分への劣等感からでしょうね。 体に支障がなければ、誰でもかぎ針編みを覚えられるかもしれません。でも実際に覚えるでしょうか。興味のない人もいますし、興味があっても上達するまで努力を続ける人ばかりではありません。時間も手間もかかります。人生の時間が限られている中で、何かをきちんと学ぶことに打ち込む姿勢は、いつだってたたえられるべきです。 よく頑張りましたね。叔母さんに努力を軽く扱われ、感謝もされなかったのは残念です。今後は何も作らないと決めても、時間や材料の分を請求してもいいんです。自分の仕事にはその価値があると認める勇気を持ってください。本当に価値がありますよ。

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へんてこなモモ投稿者

優しい言葉をありがとうございます。少し冷静になって、ずっと気持ちが楽になりました!

にやけたコンブ

かぎ針編みって本当にすごいですよね。パートナーも趣味にしていて、完全に独学です。作品の複雑さや仕上がりには、いつも感心します。私にも始めることはできるかもしれませんが、技術はゼロからです。彼女のレベルに届くには何百時間もかかるでしょう。私はその時間を別の趣味に使うことを選びました。 これからも素敵な物を作ってください。「誰でもできる」にくじけないでほしいです。実際にやり遂げたのは、あなたですから!

せっかちなミズスマシ

そうですね。「才能があるんですね」「私はそういうのが苦手だから」と言うのとは、ある意味逆ですが、似ていますね。 そもそも努力したことはあるんでしょうか。 誰でもできる可能性はあっても、実際にやる人、やりたい人ばかりではありません。その違いです。

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